weekly kiyoshima 2021.1.10

野口竜平

誰にも見せない日記をはじめてから4ヶ月がたった。

朝、起き抜けにコーヒーをいれて、コンビニで購入した大学ノートをひらき、頭をよぎったもの、目に入ったもの、から連想ゲームのように取りとめもなくボールペンを走らせる。それを2ページか3ページくらいやる。
文章としての脈絡はなくてよく、むしろその方がおもしろい。
悶々とした気持ちを書いたり、目に入る机の上のドローイングについて言及したり、今日やるべきことの優先順位や、そもそもなんでやるのかについて書きつけたりする。

過去のページを見てみると、注意散漫なページが続いた後、事務作業を片付けたことによって気分が晴れ、猛烈に未来の活動計画にふけるようになるまでのある秋の2週間の流れがよく見てとれた。

日々の繰り返しは、おれを、ぼんやり灰色な時間を漂うクラゲのような気持ちにさせるが、日記を読み返すとやはり、何かしらのターニングポイントは存在していている。
定住の生活には、そのターニングポイントすら気づけなくさせてしまう過保護なシステムや過剰な刺激であふれていて、本能がそれらへ順応しようとする過程で景色が灰色になっていく。些細な心の機微を追うことでそれに気づく。

細やかでバラバラな事態の記録の蓄積から、変容してゆく自己の認識がはじまる。おれは思ったよりもずっとたくさんのことを、人にも自分にも隠しながら生きているよう。

この日記は誰にも見せない。

日記をやるようになったのは、別府市に拠点を構えるようになってからである。

それまでは特定の拠点をもたずに、旅のない間は主に東京の友人宅を転々としていたのだが、世の中が変な感じになり、かつ計画していた芸術探検の旅にも出られない、ならばいっそ温泉生活がしたいと思い、温泉がひた溢れる街別府の、芸術家が優遇される古い木造のアパートに入居することにしたのだった。

1人当たり2部屋が割り当てられ、1階をアトリエに、2階を寝る場所にする。

固定された私的な場所など俺には必要ないというスタンスだったが、これはこれで快適な生活を送れていて、人が近くにいることでできなかったことがたくさんあるのだなと気づく。日記は特にそうだ。

流れていれば大丈夫

これは、ここ数年間で獲得した自身の活動指針である。
4年前に体調を崩し、3年前に温泉と出会い、2年前に徒歩の旅をして、去年は眺めの良い場所で絵を描いていた。

厄年に起こった体調不良は、あらゆることの滞りによるものであったと思う。
治癒の過程で、地球上をダイナミックに巡る温泉に体を浸し、地底の熱が血を巡らせ、ひたすら歩き続ける日々を過ごし、河川や高速道路がいつでも見渡せる部屋でステイホームしたことで気がついたことだ。

身体か、景色か、地球か、そのいずれかがちゃんと流れていること。それを実感できていること。これがおれにとっての基本原理である。

この街は、いたる所から温泉が湧いて溢れ続けていて、だいたい100円とか200円で入れる。気まぐれの気分転換でふらっと浸かりにいったりする。疲れや強張りが流れていく。豊かな土地に住んでいる。

この一年間で10キロくらい太った。
ずっしりとした態度で物事に向き合えるようになった気がしなくもない。今年仲良くなった人たちの中には、「野口さんは落ち着いている、」という人もいる。

対して、パッとどこかに登ったり、突然ジャンプしたり、といった瞬発性が鈍くなったというかイメージできなくなった気ような。

今年は沖縄の諸島をタイヤひっぱりする予定。

年末に祖父が死んで、家族(特に父)との関係が少し変わったような実感がある。形見に靴下と毛布と宇宙の本をもらってきた。

火葬した骨を盗んで食べた。左足の指の骨。
盗む瞬間をいとこたちが目撃していたようで、夜の飲み会で「お兄ちゃん骨どうするの?」と聞かれた。

ポケットに入れて、火葬場の山から降りるマイクロバスの中で食べたのだ。窓から夕陽が射し込んでいた。

祖父とおれは全然気が合わない感じだったけれど、なんというか、これからは、情けなすぎることはできないなという気持ちになった。

今日は友人の個展のトークショーの配信をみた、めちゃよかった。

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