初めまして、Chuck Openです。
「チャック・オープン」と読みます。
音楽制作をしています。よろしくお願いします。


6月27日(土)に、カレーやmomoにて「I AM MOM 3」と題して朗読のイベントを開催しました。

10名ほどの参加者と一緒に、アルチュール・ランボーの詩を朗読しました。

ランボーの詩は『地獄の季節』の小林秀雄訳を最初に読んだのですが、難解さに一度挫折。
友人から貰った堀口大學訳にも馴染めず、宇佐美斉役を読んでようやくつかみかけはしたものの、
あまり時間が取れずに途中で読むのを中断したままになっていました。
詩の内容もですが、これがロックシンガーや日本の詩人たちにどんな影響を与えたのか、
いまいちわからないままでした。

詩を読むときはたいてい一人で黙読をするのですが、
過去に開催したイベントの経験から、自分で音読してみたり、他の人が音読するのを聞くことで
見えてくるものがあるのではないか、と考えるようになりました。

新型コロナウイルスが蔓延する中で、わたしもアルバイト先が休業し(7月末で閉店が決定)、
思いがけずたくさんの時間を手にすることになりました。

音楽の仕事が増え、それはとても嬉しかったのですが、
詩に向き合う時間が欲しい、詩を読むという営みを世の中に絶やしたくないと思い、
緊急事態宣言の解除を経て、開催することにしました。

ランボーという人は、反逆児、めちゃくちゃなやつ、世間の鼻つまみ者だったと思います。
何が正義で何が悪かぼんやりする一方で、それらにがんじがらめになっているような昨今、
ランボーが生きていたらどんな詩を書くだろう。
ランボーの詩は今を生きる人にどう届くのだろう。
そう思って、ランボーをイベントでとりあげることにしました。

人の声を通して詩に触れること、様々な訳文に触れることで、
ランボーの詩の多彩さを感じることができました。
新訳は意味を捉えやすいが、古い訳文の方が感覚的につかみやすいことがある、という発見がありました。
読み手の声が多様で、声がうっすらとその人の生き方や向き合い方を伝えているような気がして、
詩が鏡のように感じられました。

激しい言葉、甘美な言葉、様々なイメージが立ち現れては次の行に消えていく感じ。
意味を読み手の前にぶら下げながら意味を超えていく強い意志。
ランボーの詩は海のようでした。
確かに、こういう詩人はなかなかいないなあと思わせるものがありました。

おかげさまで良い会になりました。
一緒に読んでくださった皆さんに感謝します。


もともと自律神経が狂いがちなのと、新型コロナウイルスによる生活の変化で、
体調を崩しがちになっていました。
このごろの雨も政治のこともそうだけど、何もかもがめちゃくちゃに思えて気が塞ぐことがあります。
そういう状況で支えになっている音楽をご紹介します。

神田太郎さんという長野在住のシンガーソングライターの1stアルバム『オールオッケー』です。
たまたまtwitterで見つけました。
わたしにとってはNick Drakeの『Pink Moon』やR.E.M.の『Automatic for the People』、
日本の近作でいうとマヒトゥ・ザ・ピーポーの『やさしい哺乳類』のような、
こころの一番底に届く光のような音楽です。

「40年分のインプットをいま解き放つとき」と叫ぶ『歌わずにはいられない』
波乱万丈な半生を綴った『平成を生き抜いた男』
「君はコンビニで他の人に買われなさい 本当にありがとう」
自分を支えてくれたスイーツへの決別を宣言しながら、
「僕はタバコ君と生きていく」とちゃぶ台をひっくり返すような終曲『さよならチョココロネ』

泉のように曲が湧いてくるのだろうと思わせるソングライティング技術と、
二村定一を思わせる真っすぐな歌唱が、
躁鬱、発達障害、アルコール依存、無職など自分の体験をさらけ出しつつも
時にユモーラスで時にドリーミーな歌詞が、
音楽を生きたものにしています。
こんな人、なかなかいないです。
一番好きなのは『エリナリグビーと君』の一番最後のフレーズです。
こういう音楽に出会えることは、しあわせなことです。
神田さんにはぜひ制作を続けて欲しいですし、
わたしも自分の置かれた状況に負けずに生きて作ってゆこうと思います。

興味がある方は、ぜひ神田太郎さんのtwitterからDMを送って『オールオッケー』を買ってみてください。